相続

相続して、国税が7人来て、相続争いになった話。

相続とは一口に言っても色々な要素が絡まってきます。

今回は全く準備しなくて父親が逝くと、どの様な事が起こり、どの様に対処しなければならいかという事を重点的に書きます。
相続税の詳細な事は僕が相続を受けた時と違い、平成27年の税制改革で少し変わりましたので、後日顧問の浅野税理士に確認してからまたブログにアップさせてもらいます。

2002年の3月のある夜に父親が突然自宅で死んでるという一報を母親から受け取りまして、急遽実家に急行しました、その時には兄夫婦、姉夫婦、実家の近所に住んでいた当時某公立系病院の院長である義父が揃っていました。
どうも、心筋梗塞ではないかと義父は言ってまして、そのまま救急車に義父も乗り病院に行き心不全として死亡診断書を書いてもらいました。

父親の遺言通りに葬式は実家でやり、1階の駐車場はこれまた遺言通りお通夜には馴染みのすし屋の大将がそれこそ200人分位の寿司を用意して参列者には提供しました。
自宅近くが渋滞が起こり近所にご迷惑おかけしましたが、父親の遺言がありまして。
とにかく、初七日まではバタバタしていまして、やっと落ち着き、いよいよ相続という現実が目の前にでてきましたが、我が家には資産がいくらあるのかは誰も知らないというとんでもない事態に直面しました。

父親は叩き上げの人間で大工から工務店の経営者になりまして、超超ワンマンで本当に昭和のくそおやじでした。笑
そんなくそおやじが配偶者である母親にどこに幾らあるかとか全く教えないので、一から全て調べることになりました。
工務店は父親が100%株を持っていまして、マジで意識は個人商店でした、だから土地は個人所有あり、建物会社所有あり、などこれまた登記を全て取って調べて整理していきました。
現金は個人所有と工務店の運転資金としてそれぞれ現金が銀行にありました。

話はこれで終われば簡単で良いのですが、そこにとんでもない事態が加わりました。
姉がそう言えば、お父さんの車庫の奥の部屋にでかい金庫があって、そこにお金が入ってるというのです。
僕もうすうす、それは感じていたのですが、株式失敗の件で僕はからっきし信用なくて、それにしても兄も信用なかったです、やはり娘は別で、かわいいのでしょう。
姉にだけは父親が何かまとまった必要になり、お金を金庫から出すときに見せたそうです。
なんと、姉は奇跡的に金庫の番号を覚えていました、まず、3人の子供でルール決めました。
金庫の部屋に入るときは必ず3人で入る、金庫に入る扉の鍵は一番信用できる姉が管理するというルールとなりました。

そして、3人で金庫を開けました。
まさに開けてびっくり!札束がびっしりと大型の金庫に入っているではありませんか。
あ、カン違いしないで下さいね、よくテレビドラマで見るような1千万円ごとに綺麗に束ねた札束ではないのです。
もちろん、1千円のキチンと束ねた札束ももちろん多数派ととしてありますが、買い物のポリ袋に無造作に入ってる1万円札や大量の千円札、それどころか大量のバラバラになった聖徳太子の旧1万円札まで入っていました。笑

それ見て、一回金庫は閉じて、後日落ち着いてから3人でお金を勘定して母親に報告しようという事になりまして、日を改めて数えることになりました。
で、後日、晩ごはん食べてたぶん20時位から3人で数えました、間違いないようにそれぞれが数えて整理するという方式にしました、実際に3回数えることになるので正しい数字がでると思いまして、気楽に考えました。
なんと、数え終わったのが翌朝7時過ぎくらいになりました。笑

なにせ、束ねてない札とかも沢山ありまして、兄などは夜中お札数えながら居眠りこきまして、当然ですが、たたき起こしました。
人生の中で眠気と戦い、お金勘定するなんてなかなか得難い経験です。
で、翌朝の集計結果は2億8千万円となりました。笑

思ったよりこの話長くなりそうです。
この続きは次回!

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